大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和50年(刑わ)3525号 判決

主文

被告人を免訴する。

理由

一、本件公訴事実は、

「被告人は常習として、

(一)  昭和五〇年五月四日午後三時三〇分ころ、東京都荒川区荒川四丁目一二番二号中尾荘の自室において、関口綾子(当一五年)に対し、手拳でその顔面を数回殴打し、さらに同人の左腹部、背部・足を足蹴りするなどの暴行を加え、よって同人に対し全治約一〇日間を要する右眼窩部打撲傷・皮下出血・前額部打撲傷の傷害を負わせ

(二)  同年六月下旬ころ、墨田区東向島二丁目四〇番四号岸厳方前路上において、高谷君和(当一九年)に対し、手拳で同人の顔面を数回殴打したうえ、さらに同区東向島二丁目四三番七号本間正章方前東武鉄道ガード下まで同人を連行し、同所において、手拳で同人の顔面を数回殴打するなどの暴行を加え

(三)  同年五月四日午後八時ころ、同区東向島二丁目四二番七号寺島二東町会館入口前において、鍔田勇(当二〇年)に対し、手拳で同人の顔面を殴打し股間および顔面を足蹴りするなどの暴行を加え

(四)  同年六月下旬の午後九時三〇分ころ、同区東向島二丁目四〇番四号先路上において、関根信行(当一九年)に対し、同人の腹部を足蹴りし、顔面を手拳で殴打するなどの暴行を加え

(五)  同年七月一四日午後一〇時三〇分ころ、同区東向島一丁目二七番四号斉藤勇方前路上において、佐竹常機(当二〇年)に対し、同人の腹部を足蹴りし、顔面を手拳で数回殴打したうえ、さらに同人を同所一丁目二八番四号東京都水道局寺島増圧ポンプ場前路上まで連行し、右佐竹の腹部を数回足蹴りし、顔面を手拳で数回殴打するなどの暴行を加え

たものである。」

というのである。

二、≪証拠省略≫によれば、被告人は、昭和五〇年七月一四日午後一一時四〇分ころ、東京都墨田区東向島四丁目二六番七号警視庁向島警察署東向島広小路派出所前路上において、下条俊顯(当五二年)に対し、右手拳でその肩、顔面を突くなどの暴行を加えた事実により、同月二五日東京簡易裁判所において略式命令により暴行罪として罰金一〇万円を科せられ、右命令は同年八月九日確定したことが認められる。

また、≪証拠省略≫によれば、被告人は、昭和四八年二月ころから博徒住吉連合所属の者と交際するようになり、昭和五〇年三月中旬ころ、同連合幸平一家の池田烈の輩下となり、同月ころ墨田区向島方面の不良青少年を集めて誠心会を結成し、その顧問となり事実上同会を支配していたものであるが、これまで、昭和四五年四月二七日東京簡易裁判所において脅迫、暴力行為等処罰に関する法律違反罪により罰金三万円に、昭和四六年五月一八日同裁判所において傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反罪により罰金二万五、〇〇〇円に、昭和四七年四月一二日同裁判所において傷害罪により罰金二万五、〇〇〇円に、そして昭和四八年九月二六日静岡地方裁判所において傷害罪により懲役八月、五年間執行猶予、保護観察付に各処せられ、さらに、本件公訴にかかる五回にわたる傷害および暴行(以下本件犯行と略す。)を為したものであることが認められる。

以上の事実に徴すると、被告人には暴力的犯罪の常習性があり、前記確定裁判の対象となった暴行並びに本件犯行はいずれもかなり短い期間内において右常習性の発現としてなされたものというべきであり、本件犯行は、いずれも右略式命令確定前のものであるから、右確定裁判の対象たる暴行と共に暴力行為等処罰に関する法律一条の三所定の一個の罪を構成するものと言わざるを得ない。しかるに、右略式命令は、正式裁判の請求期間の経過によって、刑事訴訟法四七〇条により確定判決と同一の効力を有するに至ったものであって、本件犯行と共に一罪を構成する事実の一部について既に右のような確定裁判があった以上、本件犯行については同法三三七条一号に則り免訴とすべきである。(昭和四三年三月二九日最高裁判所第二小法廷判決参照)

三、(一) なお、検察官は、(1) 前記確定裁判の対象たる暴行は、被告人が被害警察官下条俊顯に足を踏まれたことに憤激して同人を突いたという偶発的犯行であって被告人の粗暴癖の発現として行なわれたものではなく、(2) 仮に右犯行が被告人の粗暴癖の発現としてなされたと認められるとしても、被告人は右犯行についての取調の際本件犯行を秘匿していたため、事実上同時に審判することが不可能であったのであるから、このような場合、右確定裁判の既判力は本件犯行には及ばない旨主張する。

(二) しかしながら、粗暴癖(常習性)の発現としての暴行というものは、一般にささいな事に触発されて行なわれることが多く、その意味では非計画的、「偶発的」であることが多いといえる。右確定裁判の対象である暴行について更に説明するならば、≪証拠省略≫によれば、被告人は、飲酒のうえ本件公訴事実(五)記載の暴行をなした一時間余り後に、東向島広小路派出所の前を通りかかった際、同人の友人二名が右派出所内でもめているのを見て、これに介入したところ、同派出所の下条警察官から「関係ないから帰れ。」と言われて同警察官と口論になり、その際偶々同警察官に足を踏まれたため、憤激して右暴行に及んだものであり、前記の被告人の身上、前科及び本件犯行等をあわせ考えれば、右の警察官に対する暴行も、被告人の粗暴癖(常習性)の発現としてなされたものと言わざるをえない。

(三) また検察官が、常習犯罪につきその既判力の範囲に限定を加えようとする趣旨は理解できなくもないが、事実上同時審判の可能性があったか否かを、既判力の客観的範囲を画する基準とするならば、前件裁判確定前において、捜査官側がこれと一罪の関係にある他の部分の存在に気付かなかった場合には、そのことにつき捜査官に過失がなかったか否かも当然争点となるであろうから、当該被告人の前科、前歴、生活歴、性格、捜査官に対する供述態度などの被告人側の事情並びに担当捜査官の捜査能力、当時の捜査態勢、どの程度「余罪」の存否についての捜査がなされたか、前件の公訴提起が早すぎなかったか否かなどの捜査官側の事情など極めて個別性の強い幾多の要素を総合して既判力の範囲を確定しなければならないことになり、既判力制度の画一性を害するばかりか、その範囲の確定自体が一個の困難な訴訟上の争点と化し、被告人の立場を極めて不安定なものにしてしまうおそれがある。

しかも、被疑者には黙秘権、供述拒否権が保障されている以上、不利益な事実を供述する義務はなく、犯罪事実の探索、究明は専ら捜査官憲に課せられた責務であるから、本件被告人が前件捜査当時本件犯行を秘匿していた結果として本件のような事態を招来したとしても、そのことを被告人の不利益に帰するのは、黙秘権等を保障した法の趣旨にもとることになり到底許されないと考える。

以上のように、検察官の前記主張は採用し難い。

四、よって、刑事訴訟法三三七条一号に則り、被告人に対し免訴の言渡をする。

(裁判官 虎井寧夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例